UNITÉ

Research Groups 2024: Group D「〈家族の現在形〉をテーマとするウェブジンを設計せよ。」

はじめに

A-C班と同じくD班は、『家族』を取り扱うが、その時代区分は非常に限定的で近代的な家族を指す。

日本における近代とはおおよそ、明治維新以降のことを示せるが我々もその解釈で複数の本を読み、そこから近代日本における『家族』という言葉とその形態がどのような意味を持ち時代ごとに役割を果たしてきたのか、それを踏まえて現代に生きる我々が作り上げる無数の家族と呼ばれる集団のかたちについて聞き取り調査を用いて成果を出した。

作業方法と成果

まず、青井先生からRG全体で与えられた『家族システムの起源(上・下)』*2-1を一通り目を通すことで単位としての家族がどう機能してきたかを日本を含む世界の事例を通して知る作業を行なった。詳しくはA班の記事をご覧になって欲しい。

その後、近代家族についての近代が明治維新後であるとの共通理解のもと、時代背景と家族がどのように作用してきたかを複数の家族社会学、統計学の観点から作成された参考書籍をもとに以下のような「近代家族史年表」を作成した。

近代家族史年表(D班作成)

落合氏の著書「近代家族の曲がり角」*2-2で記された近代家族の特徴8つに加え、西川祐子氏*2-3の著書「近代国家と家族モデル」ではそこに2つの新たな特徴を加えた。

ここで特筆すべきなのは近代国家としての最小単位として家族は認識されていたということである。その単位をそれぞれ法レベル、規範レベル、実態レベルによって捉えることができる。

我々D班はそれぞれのレベルを独自解釈し、年表に時代ごとに現れた家族のかたちを具体例とともに紹介している。

*2-1_エマニュエル・トッド, 石崎 晴己(監修, 翻訳), 片桐 友紀子(翻訳), 中野 茂(翻訳), 東松 秀雄(翻訳), & その他. 『家族システムの起源(上)〔I ユーラシア〕〔2分冊〕』. 藤原書店, 2016/6/2.

*2-2_落合 恵美子. 『近代家族の曲がり角 (角川叢書 12)』. KADOKAWA出版, 2000/11/1.

*2-3_西川 祐子. 『近代国家と家族モデル』. 吉川弘文館, 2000/10/01, 275p.


ところで、この年表は2000年までしか書かれていない。ここからが現代の家族、つまり青井先生からのお題を紐解く鍵となると同時に、難題にぶつかった。

明治維新後の最小単位として認識された家族は戦中、高度経済成長期、など近代国家を取り巻く情勢に呼応する形でメディアを含め実態レベルでもその理想モデルを大多数が認知し実行してきた。しかしながら近年の家族モデルにはこれといったモデルが存在しないのである。いわゆる多様性が尊重され、現在の世帯数の構成比率は夫婦2名で織りなす家族単位が大多数である。

冒頭の落合氏や西川氏が提唱した近代家族の特徴である『核家族』の形すら保てていないことがここ20年で顕著な流れとなっている。

D班としても、この流れを無視することはし難く近代特に2000年以降の現代における日本の家族を語るにおいて失われた『子供』という存在を軸に調べることに意味があるのではないかと考えた。

そこで、子供を中心に出産、育児、また近年問題視しされている家族に関連する事象を重点的に調べ現代家族のかたちについて理解を深めた。

やはり、子供という存在を語る上で必要不可欠なのは家庭内と外とのコミュニティの相互作用である。

近代家族年表でも多少触れているが、落合氏による社外的ネットワークと家族のつながりの変化は著しかった。家族単位の細分化に伴い、徐々に解体されていく様子が確認できた。

現代家族の多様性について知るには、実践例を見ていくことが必要である。そこで我々は、下記の個人5名と2団体にインタビューを行った。

1)『Cift(拡張家族)』青井哲人先生の紹介から

拡張家族という新しい家族の形を創造し、渋谷のマンションに同じ理念の集団がキッチン機能をシェアし生活している。詳細はこちらを参照してほしい。

入居するためには面接があり、拡張家族に理解があることが最低限であるほか先住民から一緒に住みたいかどうかが基準となるそうだ。しかしながら現在は住民の多忙さがその基準も曖昧となっている。

我々が紹介された日もキッチンスペースには他のコミュニティが集まっており、賑わいはさながら海外のパーティーのようであった。個人のスペースは住居空間として確保されており、拡張とされる部分は特に食を通したコミュニケーションにより現れていた。

2)『鞍田崇(くらた たかし)先生

3)『また明日(多目的福祉施設)』鞍田先生の紹介から

4)『山口脩人(やまぐちはると)さん』青井研在籍メンバー

5)『安藤智博(あんどうちひろ)さん』D班メンバーである竹内耀子の紹介から

聞き取り内容とともにそれを踏まえたD班メンバーの家族について交えながら座談会を開催した。2-4)の個人、団体に関してはこのウェブサイト内で記事を作成しているためぜひリンク🔗を踏んでご覧になってほしい。

自身の家族に対する価値観と比較しながら、幼少期の家族以外のつながりを振り返るなど座談会内容のトピックは多岐に渡った。

我々は、インタビューはウェブサイトの記事化をし、インタビューと座談会の内容や今までの成果はリソグラフ(https://www.instagram.com/studio.true.2023/)を活用した限定三十冊のzine作成を成果とした。

ZINE作成の様子

まとめ

 落合恵美子や西川祐子のような研究者が指摘するように、近代家族は国家にとっての安定装置として一時的にされ、「転換」「再生産」「社会化」といった社会的機能を分業的に担っていく。近年では家族がその役割を果たせなくなっている場面が徐々に見られる。

 また、実態に対する制度の遅れは、子どもの貧困や孤立という深刻な問題を背景とも連動している。家族の意味を制度の枠ではなく、人と人との関係性の中に再発見しようとする動きと考え方が増え、 血縁や婚姻に限定されない「共同体意識」は、これまでの「制度的家族」から「選択的・関係的家族」への移行を象徴しているように考える。
 もし家族というものが、かつてのように制度としての輪郭を持たなくなり、「選ばれる関係性」として再編される存在になったとすれば、国家や自治体はそれをいかに制度的に支援すべきか、はこれからも考察していく余地が十分にある。制度としての家族を手放すことが、逆に新たな格差や不安定を生むとすれば、その対策はどのように講じられるべきか。

 このような問いに向き合うには、家族の多様性を肯定的に受け止めるだけでなく、現実に即した制度設計や支援体制の構築が求められ、D班が示したのは、家族という枠組みが終わりを迎えたということではなく、むしろ新たに「再構築されつつある」という過程の只中に私たちがいる、という認識である。そしてその構築の最前線には、法律や制度ではなく、日々の暮らしの中にある小さな実践がある。家族とは何かという問いは、制度や歴史の研究にとどまらず、今を生きる私たち一人ひとりの選択と関係性のなかで、静かに形を変えているのかもしれない。