UNITÉ

Research Groups 2024: Group A「役に立たない!結婚・離婚・相続の仕方 -危機と持続の家族人類学―」

はじめに

現代の人々が営む「核家族」は、近代化によって生まれた新しい家族形態ではなく、人類共通の起源的な家族形態である。これを明らかにしたのが、フランスの人類学者エマニュエル・トッドだ。彼は、家族形態の多様化の過程を復元し、「核家族」が時代とともに「直系家族」そして「共同体家族」へと変化したことを示した。さらに、こうした家族形態を15の類型に分類している。

A班は、このトッドの研究をもとに、家族内の変化により不安定要素が生じる内的危機(結婚・離婚・相続)への対処方法に、家族の多様性が表れると考えた。そのため、これらの危機に直面した家族の様々な対処方法を明らかにする。 本書の目的は以下の三つである。

①トッドが分類した家族類型の解像度を高め、各地域や民族における家族の実情と特異性を明らかにする。

②現代社会で一般的とされる「核家族」が、人類の歴史の中で固定化された一形態に過ぎないことを示す。

③結婚・離婚・相続の仕方が何によって決まるのか、その背景や理由を考察する。

方法

本研究では、「結婚・離婚・相続」に焦点を当て、多様な地域や民族のフィールドワーク調査に基づく書籍や論文を参考にした。情報の偏りはあるものの、最終的に12の事例を収集し、そのうち4つを本書で紹介する。

各章では、まず対象地域や民族の基本情報を提示し、そこで見られる家族の内的危機への対応方法を整理した。次に、ある家族の具体的な事例を取り上げ、彼らの主観的な視点から危機への対応を描写する。その際、内容をより直感的に伝えるため、漫画形式を用いた。最後に、各事例においてその方法が選ばれる要因について考察した。

成果

①中世スペイン

中世ヨーロッパにおいて、結婚は財産の移動という経済的意味合いが強かった。特にスペインでは、イベリア半島への入植が早く、土地所有が容易であったため、共同体家族が解体され、核家族化が進んだ。農耕社会の中で、婚資・嫁資の移動が重視され、法典にも規定された。争いの絶えない社会情勢の中、婚資・嫁資は権力誇示の手段となり、均分相続制度とともに定着していった。これにより婚資・嫁資の高騰が見られるようになり、それぞれの家族は代替の嫁資の提供や内婚の選択などの工夫を行った。また、一部の家族は、財産を守るために親族間の結婚を選択することもあった。このように、中世スペインでは、結婚や相続などの家族間の関係性が、社会的・経済的要素を含む制度として発展した。

②イスラム教徒(エジプト)

イスラム教徒にとって、イスラーム法は信仰と生活の指針であり、結婚や離婚もこの法に則って行われる。しかし、現代の価値観から見ると、イスラーム法における人権や基本的自由、刑罰の厳しさに関する規定が問題視されている。

そのため、近年ではこうした価値観のずれを埋めるために、近代法典が導入されるようになった。しかし、多くのイスラム教徒は、近代法典よりもイスラーム法への忠誠心が強いため、結婚や離婚に関する行政手続きを行わない夫婦が多いことも実情である。このように、国家としての社会秩序を維持するために、イスラーム法と近代法典を併用する形で適応している。

③ヌア―族(スーダン)

ヌアー族は、現在の南スーダンにあたるナイル川周辺を主な居住地とする民族である。彼らの生活は牛を中心に営まれており、婚姻契約も牛の支払いによって結ばれるため、死者との結婚という慣習も存在する。ヌアー族には中央政府のような統治機構はないが、牛を基盤とした慣習が社会の秩序を維持している。牛は極めて汎用性の高い社会的資産であり、生活必需品だけでなく、婚姻や社会的地位の象徴にもなっている。牛の所有は家族を持つ男性に委ねられ、多くの場合核家族を形成する傾向が強い。

こうした仕組みにより、ヌアー族は合理的な生活を築き、安定した社会システムを維持している。伝統的な慣習を守りながらも、状況に応じた柔軟な対応を取り入れることで、社会の安定が保たれている。

④ヘヤー・インディアン(カナダ)

ヘヤー・インディアンは、タイガとツンドラの境界に位置する森林限界線付近に居住している。この地域は植生が極端に乏しく、草食獣の分布密度が低いため、それを捕食する肉食獣の密度も必然的に低い。湖沼や河川には魚が生息しているものの、年間のうち2~3ヶ月に及ぶ凍結期・解氷期には漁を行うことができない。

こうした食糧資源の乏しさから、彼らは食料を求めて小グループに分かれ、キャンプを移動しながら生活している。厳しい自然環境のなかで固定的な家族システムを維持することは、かえって共同体の存続を危うくする。そのため、彼らの家族形態は極めて個人主義的かつ流動的な核家族を形成している。

まとめ

私たちが収集した家族の在り方は、周辺環境や生産体系、宗教などによって驚くほど多様であった。それぞれの家族は、内的危機に独自の方法で対処しながら、文化や伝統を継承している。こうした多様性に触れることで、現代の家族像がいかに固定化されているかを見直す契機となれば幸いである。

とくに、起源的な核家族の形態は、食料を確保するために移動が必要とされる生業や自然環境と密接に関係している。そうした環境においては、複数の核家族が協力し合い、より大きな共同体を形成することが一般的である。そのような家族同士を結びつける役割を果たすのが、資産としての牛や婚姻関係、儀礼などである。

しかし、これらの共同体が限られた土地に定住するようになると、土地を保持し続けようとする意識が強まり、家族形態は直系家族へと変化していく。また、外部との接触が遮断され、他の資本に頼ることができない地域においては、労働力を確保する手段として家族の規模を拡大する動きが見られ、結果として直系家族へと移行することになる。

今回紹介した事例は、現代の私たちにとっては特殊な状況下にあるため、直接的な参考にはならないかもしれない。しかし、次のステップとして、他の班のリサーチ結果にも目を通してほしい。家族類型の基礎を踏まえたうえで、家族と建築、都市との関係やその歴史的展開を理解していくことで、『役に立たない!結婚・離婚・相続の仕方』の内容が、より有意義なものとして受け取れるはずだ。

多様性が重視される現代において、より豊かな家族の在り方を模索する一助となればと思う。

参考文献

エマニュエル・トッド『家族システムの起源 Ⅰ ユーラシア 上下』2016年,藤原書店

長沢栄治『イスラーム・ジェンダー・スタディーズ6 うつりゆく家族』2023,明石書店

芝紘子『スペインの社会・家族・心性―中世盛期に源をもとめて―』2001年ミ,ネルヴァ書房

E.E. エヴァンズ=プリチャード『新版ヌアー族 ナイル系―民族の生業形態と政治 制度の調査記録』2023年,平凡社

エヴァンズ=プリチャード『ヌアー族の親族と結婚』1985年,岩波書店

原ひろ子『ヘヤ―・インディアンとその世界』1989,平凡社