UNITÉ

インタビュー山口脩人 vol.3「弟専用のマニュアル」 

  1. 二個目の家族をつくる
  2. 信頼できる範囲
  3. 血縁もしくはマニュアル
  4. 「弟専用」マニュアルをつくれるかどうか

二個目の家族をつくる

ーそしたら基本的に弟さんはずっと実家で暮らして、就労施設と家を往復する生活を続けるのですか?

親の方針として、どこかでグループホームに入所させなきゃいけないと思っているけど、現状においてできる限りは実家で暮らさせてあげたい気持ちがあるから、今すぐには考えてないと思う

ーぐっさんが弟さんと割と積極的に関わろうとしたのは、大学生になった時ですよね。最近は、就職先を実家から近いところにしたじゃないですか。これから弟さんとどういった関わりをしていけたらベストだと考えていますか。

一人暮らしは、多分2、3年しないんだろうなっていう予想をしています。お金が貯まる前もあるし、単純にいきなり弟の面倒をほっぽりだして出るのもちょっとなあと。あと、結婚願望あるかないかを、考えたらあるほうなんだろうけど。普通だったら、結婚すると自分の居場所が今の家族から抜けて移行するみたいなイメージがある。元いた家族との関係は何か、家族から親戚みたいな距離感になると思うんだけど、多分俺の場合は元の家族も抜けずに二個目の家族を作るイメージだなと考えていて。特に親が老衰したあとは、世話というか弟と関わり続ける人間というのが多分自分一人になるから。親戚は福岡にいるし。ってなった時に、仮に彼女と結婚して家庭を持ったとしても、週に一回くらいは多分面会とかに行くと思う。会いに行くみたいな行動が多分マストになってくるから。そこを考えると家庭をこっちに持っているとも言えるよね。どっちが重要かというか、どっちにも責任がある状態になる。

―基本的にぐっさんの体力がある限りは両方大事にしたいということですね。

親の方針としては、あんまり俺を弟の側に留まらせたくないっていうのがあるらしい。だけど、俺があんま離れたくないから。

―離れたくない。

心配とかそういう気持ちじゃなくて。まあ心配はあるけど、親を信頼してるから。ちょっと聞いた話だと俺らのもってた保険証だったりとか、お金の管理とかいうのは、俺らは自分でできるけど、弟はできないから。、年金の管理とかっていうのを今親がやってるんだけど、親ができなくなった時に、俺じゃなくて別の誰か信頼できる第三者を立てるというものがあるらしい。特殊例とかじゃなくて。親族じゃなくて別の第三者に親権みたいなものを委託する。だから俺じゃなくてその人に委託するっていうのを聞いた。多分俺をそういうしがらみにとらわれずに生きてほしいっていうのは、多分親としてはある。でも別に俺はその関係なしに関わっていたいという立場。

それは親御さんに伝えているんですか?

あんまり。

あんまり。反対されるというか心配される。無理してない?みたいな。弟のことをあんま負担に感じてほしくないんじゃないかな?

ーお母さんはぐっさんにケアを任せるのは負担じゃないかって考えですよね。だけど実際ぐっさんの関わりたいと思う気持ちというのは、その負担だけじゃないと思っている部分があるということですか?そこに対して自分ができることがあるんだったら貢献させてほしい、といったような。

そんな小難しいことを考えてない(笑)。ただ弟が好きで、今後も関わっていくためには、何かそういう弟のネガティブな面も向き合わなきゃいけないっていうのはわかってるけど、そんなの関係ないぐらい関わっていていたい欲があります。基本的に弟がありのまま振る舞ってくれれば、俺は満足なので。関わってるだけいいよねっていう。

ーぐっさんと弟さん二人きりでずっと一緒にいて生活していくみたいなのって考えられますか。

今はできる自信があるんだけど、でも多分そういうのって現実的に無理なんだろうなって思ってる。いくら関わっていたいとはいえ、面倒くさいところは死ぬほどあるわけで、それを今自分が受け持っていることもあるけど、今は8割方は親が担当しているし、その面が10割自分に来るってなった時は、1年ぐらい耐えられるんだろうけど、途中からすごい嫌な気持ちが混ざってくると思う。それで、それを防ぐためにヘルパーさんだったりとか、保険証管理する第三者みたいな、アウトソーシング的な機能がやっぱり重要になるんだろうな。

信頼できる範囲

ーぐっさんは結構現実主義だけど、仮に弟と自分を取り巻く状況がこういうものだったらすごく理想だなって思うことなどはありますか?

現状、自分が持っている施設への問題意識のようなものの話になるんですけど、俺はいわゆる「無償の愛」は無いと思う派なんだけど、山口家としての弟はいわゆる無償の愛において、庇護下における存在。でも一方で、施設の人からしたら何十人もいる中の一人のお客様みたいな立ち位置。基本的に日本は福祉業界とは言えど、資本だって絡んでくるから、お客様はあくまで丁重に扱わなきゃいけない。

そんな中で施設のスタッフが利用者に対して何かうっぷんが溜まって事件を起こすみたいなことも発生していて、その原因の一部に認識の齟齬がある。利益度外視で世話をしてあげたいっていう気持ちがある一方で、仕事として受け持っている時に、お客様が理不尽な怒り方を出したら従業員としてイラッとするみたいな感じで。弟の場合、言葉が発せないのでその状況下を逆手にとって、家族の見えないところで何かそういう悪いことが行われているんじゃないかっていう不安が母親に特にあって。

 ー聞けないからね。

母親はずっと施設のTWITTERを監視していて、弟の笑顔が少ないという話を施設にしに行ったこともあります。そういうのもあって、できることなら弟の一切をアウトソーシングしたくない。自分の信頼できる、いっぱい広げて親戚まで。親戚の中でも厳選するかもしれない。家族もしくは家族の延長だけで弟の人間関係を構築していきたい。なぜかってそんなに信頼してないから、外側を。理想郷はそうです。

ー家族内で全て完結するようにしてるということですね。

弟がどう考えてるかを考慮するとちょっとまた別になるんだろうけど。もしかしたら本人は他の人と積極的に関わっていたいということがあるかもしれない。

―弟さん自身がどう思ってるか伝えられないから、何を基準にして考えればいいか、難しいですね。

―今その内輪の中だけで完結したいと話がありましたが、それが今後広がる可能性とかありますか。例えばぐっさんが持つ二個目の家族が、信頼できる一番みたいなところと馴染んで上手く行ったりする可能性とかは考えてますか。

予想になるけど、かなちゃん(今の彼女)はなってくれると思う。けど、自分の娘・息子はわからない。俺の肌感だけど、自分から見たらおじさんは、自分の父親ほどフランクに接することはできないんじゃない。それがましてや言葉が通じないで年上の人っていう認識になったときに、積極的に関わるのは難しいと思う。あくまで、弟の居場所は山口家だけだから。二個目の家族でそこに所属してる人間は俺だけだから、一緒になって世話をしてもらうみたいな気持ちはほぼない。だからかなちゃんも別に関わらせようとは思ってないし。受け入れてくれるだけでいい。

―もし関われたらお願いしたいみたいなのは、割とぐっさんの母親の考え方とちょっと似てる。自分はやるけど、生まれてきた子供や新しい家族には無理強いをしないところが似てるなと思いました。

親戚の人も理解はしてくれているけど、世話とか密接な関係を築くとなったらわりと絞られてくる。

ーこの人だったら責任を持ってくれるだろうと言った予想ができるということですか。

責任は多分全員持てないと思う。積極的に関わって今の山口家と同じくらいの熱量を持って接してくれそうな人っていう条件だったら何人かいるという話。

そこは血が繋がっているってのは重要ですか。例えば同じマンション内に弟さんと同じ障害の人が他にも二人くらいいるって話があって、その人たちと相互にケアを負担するみたいな可能性はないですか?

家族親族でないとある一定のラインを超えられないと思っている。隣人って、不都合があってこの関係を終わらせたいなって思った時に終わらせられるけど、家族もしくは親戚ってそういうものの代えが利かない。一回親戚にそういう弟みたいな存在が生まれてしまったら、家族ほどではないにせよ、存在している限りずっと関わり続ける。関係を断ち切る際のリスクが圧倒的に違うから。半強制的なところもあるし、例えば自分の妹が産んだ命をないがしろにはできないってそういうバイアスみたいな、そういう何か。感情じゃなくて、現実的な面でも何か確固たる繋がりができるから。

例えば、自分の兄弟の子供に対しては責任を感じてしまうみたいな「ここまでの繋がり」は自分はほうっておけないみたいな感覚はある程度共有できる気がしていて、だけどこういうを言葉にしようとすると「血縁」くらいしか思いつかない。なんでそこに対して自分がほっておけない感覚があるのかっていうのはどう言葉にすればいいのか、難しいなと思っています。

血縁もしくはマニュアル

それじゃあ血縁関係である親戚の人たちだったら、その弟さんの事情とかを尊重して楽しくできるって可能性があるんですね。

楽しくできる感覚があるけど、でもその情景の中に必ず俺か両親の姿がある。だから、俺と両親がいなくなって、弟と親戚だけの状態になったらどうなるか想像つかない。監視の目っていったらアレだけど、本当の家族が傍らにいるっていう状況で関わっている状態がキーなのかなと。

ぐっさんが見てきた弟さんが生き生きしている状態というのは、常に家族がいる状態だということですか?

そもそもそういう対弟マニュアルみたいなものを持ってないから、親戚は。関わり方の蓄積みたいなもの。親戚の場合、大切にしなきゃという気持ちが先行して、手段を持っていないから、どうすることもできないという状態になることが想像できる。

対弟マニュアルがある人の方が、弟も気持ちよく過ごせるということですか

施設の人を信用できないって言ったけど、施設の人はその技術をある程度持っていると思っていて。そういう人を何年も見ているから蓄積ある。けど、血縁ほどの強い関係性はない。一長一短みたいなのは今考えました。

血縁かマニュアルということですかね。

血縁関係っていうのは切ろうとしても簡単には切れないもので、よく血縁関係のない人たちで暮らしている事例がありますけど、それは切ろうと思えば引っ越しなどをしてすぐに関係を切ることができるから生活できている。何か自分が責任を負わなければいけない状況になった時にすぐに逃げる道が用意されていることが血縁関係のない人たちどうしの生活にとって重要だと思います。

「弟専用」マニュアルをつくれるかどうか

親戚がマニュアルを持っていないといったけれど、自分が求めているものは「弟(専用)マニュアル」なのかもしれないと思った。弟専用のマニュアル。施設の人はこの障害のパターンにおいてとか、施設的なマニュアルは持っているけど、弟専用かといえばそうではない。

マニュアルの話って弟さんに限らず人間関係全般に言えることかもしれないなと思っていて、例えば人と関係をつくるときに自分なりのその人のマニュアルを持っていたらコミュニケーションが円滑に進みますよね。それをお互いが持っていたら楽な関係性というか。あと、マニュアルって一方的につくるんじゃなくて、相手の反応とか答え方を見てつくられていくものな気もする。コミュニケーションが上手い人だったら、ある程度自分のマニュアルをコントロールできる可能性があるというか。

そういう点において弟はフィードバックができないから、弟のマニュアルをつくるのには時間とかマニュアルを作る時の態度とかが重要だと思う。その点で親戚は弟専用マニュアルを作れる可能性があって信頼できるけど、施設の人はあまり信用できない。”施設マニュアル”しか作れないというか。

それじゃあ例えば、家族が揃って九州に移動して、親戚の近くで暮らせたら、今ぐっさんの家でしか賄えてない弟さんとの関係性が、もう少し広がる可能性はありますか?

あるのかもしれないけど、そもそも弟にとっては場所性が大事で、その場所性というのは多分家の中の間取りとかももちろんあるけど、もっと広い範囲での北山田っていう場所も大事かな。やったことないけど外に放置しても帰ってくることができるっていう状況にまで確立されていると思う。そういうのも含めて考えたら、九州に行くっていうのがそこの根本を揺るがすことになるから、家族が福祉をするみたいなこと以前の問題になってきて、ちょっとあんまり現実的ではないかなって思う。逆に福岡の親戚全員こっち来るみたいな場合ならあり得る。任せられないってことを言ったのは、単純に弟と関わる頻度が少ないからだと思う。もし仮に幼少期からずっと親戚が近くにいて、頻繁に交流をして、それでいて、家も繋がってるみたいな状況だったら、両親と同じぐらいの関係を親戚の人も築けてたかもしれない。

場所ってすごく大事なのだと思って。今だったら寂しかったら集まっちゃえばいいかみたいな感覚あるけど、SNSとかでもすぐ繋がれて。だけど弟さんみたいな場合は、それこそ自分がわかっている範囲、ここだったら安心できるみたいな場所があるわけで。だからそういう人たちが社会的なつながりが欲しいとなった時に、その人が自ら動いて繋がりを作れたらめちゃくちゃ早いけど、そういうふうにはできないじゃん。弟さんの場所基準で周りが動いていかないといけないというのが難しいなと。昨日「また明日」へ行ってきたけど、その認知症の高齢者がフラフラと外へ出てもその場所が拠点としてあるから、その周りの人たちはその施設のことを知ってくれているし、多分ある程度お年寄りの土地感覚があるから、そこでは安心していける。だからすごく何か今の。人がすぐ繋がれるみたいな状況に対して、そっちの方が全然置いてけぼりにされてるなというか。場所とものすごく密接な人たちが一方であり続ける。

どうしても自分の価値基準から考慮しきれない部分ってあるよね。動けるって思っちゃう。

そこに対するフットワークの重さみたいなのを想像することはなかなか難しい。話を聞かないと難しいなと思います。

弟みたいな。そういう事情を。そういう他人と暮らすことになった時に、そういった込み入った事情を持ち込まざるを得ない人。別のところに保管しておけない、自分についてまわるものだから。どこかの別の家族に所属することになったら、その事情も持ち込まないといけないから、その事情を周りに理解してくれる人が存在してないと生活ができない。そもそもその周りにいる人たちがどのぐらい信用できるのかっていうのがキー。技術云々より、そっちが優先。

そもそも信用できる人がいるのかどうかということですか。途中からできていくみたいな可能性はないですか。情なのかわからないけど。

施設の人たちを見ていないから、なんともいえない。弟も自分で報告できないし。ブラックボックスになっているから、継続的に施設の人と弟が関わっている姿を見ないと信頼できないと思う。愛情はなくてもいいと思ってる。家族じゃないから。だけどこれも自分の経験の問題で、母親とかはそれこそヘルパーさんみたいな第三者に弟を任せることができているから、自分の視野が狭いのかもしれない。これからいろんな経験を積んでいけば、親戚の外側にも信頼関係をつくることができると思えるのかもしれないと思う。