UNITÉ

インタビュー 山口脩人 vol.2「卒業設計と場所性」

  1. 場所性に関して
  2. 卒業設計

場所性に関して

──弟が成長するにつれて生活になにか変化などはありますか?

生活自体がそんなに変わった印象はなくて、ただ朝起きて決まった時間に家を出て、家とは違うところで決まったことをして、決まった時間に帰ってきて、決まったルーティンを家の中で過ごし、わりと決まった時間に寝るみたいな。

──家に帰ってきてからも決まっている感じですか?

家に帰ってきてからも決まっていて、基本帰ってきたら手を洗って、着替えてっていうのをやらせて、それからリビングのテーブルの端に座って、パソコンのコードをずっといじっている。

──弟さんのルーティン的な動きっていうのはずっとあることですか?

ずっとあるけど、内容は2、3年に1回変わっている。思いつく限りだと靴紐を外すのがブームだった時もあった。

──それは誰も履いてない靴ですか?

いや俺が履いてる靴。ちょっとそれだけはマジで迷惑だったんだけど、俺が朝出ようとしたら靴紐全部外れてるの(笑)。時間がないから他の靴を履いて行って。あれだけはマジでやめて欲しかった(笑)。

親戚の家に行った時はまた別のルーティンがあって、父方の家へ行った時は急な階段があって、そこでバランスボールを上にずっと投げる。これをまじで一生やってる。

──場所によって変わるのですか?

場所によって変わるけど、家が一番顕著かな。家と別の場所にいること自体が多分彼にとってちょっとストレスになっている。この前福岡に帰った時、しばらく家に帰れない状態になって、いつものパソコンのコードをいじるっていうルーティンができなかったからか、一人になれる時間がめっちゃ少なかったのか、本当のところはわからないけど一回最高潮に不安定になってた。

──コード持って行くとかはだめなんですか?

いや、違うんだよ。場所が重要。家のあの机の上のあの位置の椅子にあぐらをかいて座ってそこでパソコンのコードをいじることが重要なの。卒計でエスノグラフィー調査をやった時も場所性が重要で、ここでやるから、ここで何かをすることが呼吸と同じぐらい重要っていう子が多い。

卒業設計

われわれが知的障がい者に対してのバリアフリーデザインを考える際に本来行うべきことは彼ら一人ひとりに対しての綿密なリサーチの段階を踏まえて「対話」を図ることではないか。今回そのリサーチにおいてエスノグラフィー調査を行った。実際にいらっしゃる計8人の知的障がい者の方たちと施設内での共同生活や保護者へのリサーチなどを行い、情報の収集・記録をもとに8人全員に対してペルソナを作成した。このペルソナを用いたシミュレーションを行い、それらが反応を見せる、その反応を記録することで設計修正に反映させる、という操作を繰り返すことで建築家と知的障がい者との言葉を交わさない「対話」が可能となり、建築が成長していく

──ぐっさんの卒業設計ではある程度その個人個人に対して個別解を部屋として設けているのですか?

個人個人に対して個別解を部屋として設けているが、それだけじゃなくて、もう1個先の目標として、そこからその社会性をある程度持った上で外部に進出してほしいっていう思いがあって、彼らの個人を大切にするスペースを確保しつつ、8人それぞれで交流(互いを認識する)が促せる。彼らの生活スタイルを崩さず、建築として交流みたいなものが、自然発生的に生まれることを促すような計画。これが卒業設計のポイント。

──そもそも施設がものすごく普通に作られていることに対する疑問とプラスで閉じないでほしいみたいな気持ちが大きく2つあるのかなとぐっさんの話聞いて思って、ここまで弟さんが通ってた場所とかも含めて、どういうところでそこに対するモヤモヤみたいなのが生まれたんですか?

直接そういうモヤモヤが生まれたわけじゃなくて卒業設計をやるってなった時に一番自分が熱がはいるものはなんだろうなって考えて、幼少期からずっと関わってきて、かつなんか建築っていう問題に限らず、ずっとなんとなくモヤモヤしてる部分で挑めないかなって考えた。それでテーマを先に設定して、問題意識みたいなのは何かな?って考えた時に、施設って一辺倒じゃんみたいなことがリサーチを重ねる上でわかってきた。

閉じられていることとか、ノーマライゼーション原理とかあるけど、日本では浸透してなくない?みたいな

──場所っていうことに、別にそんなに意識してなかったけど、卒業設計に取り組む上で意識し始めて、グループホームとかの現状について調べていくうちに、ちょっとおかしいところあるなって気づいたっていうことですか?。

シンプルに壁に穴があいている。しょうがないなっていうのもあるけど建築としては問題じゃん。

──卒業設計を経てと言いますか、じゃあそもそも福祉の現場とか弟さんが置かれている状況みたいなものに対して大学で始めて問題点とかそういう言語化して建築と結びつけて考えるきっかけになったと思うんですけど、そこからじゃあ大学院で今の論文を書いている間で、その前と後で何か変わったこととかありますか。

単純なやつからいくと、卒業設計をやる上で色んな事例を調べたから、身近なものや施設とかしか目がいってなかったけど。知識を広げれば画期的なことをやってるとこがあるんだって思った。O+hのgood jobcenterとか、就労施設と地域交流のハイブリッドとかあったり。

それはそれであるんだけど、もっと重症の人に対しての建築的アプローチが未だに見えてない。

──確かに重症の人に対する事例はあまり聞いたことがないかもしれないですね。

O+hがやってるような地域交流と就労施設B型っていうのを組み合わせた事例みたいなものが、ある程度就労できる能力のある人がそこに通ってるから成功してるわけで、そういう能力がない人、そもそも寝たきりというのは交流を促すみたいなことを建築的アプローチからどうしても行うことが難しいということはわかる。そこにジレンマがある。だから僕のいる分野では限界があるのかなみたいなことを思い始めた。かつ設計をやる気がなかったのはあるけど、論文は過去を見て紐解いて行くスタイルに転換したな。結局卒計やったのは夢物語的なところがでかいし、一人ひとりそんなんやったらね、全国に何百万人もいるから実践は難しい。

──ぐっさんが取り組みたい対象に対して建築的にアプローチすることに結構限界を感じたということです?

それもあるし。俺はもし弟が健常者として生まれていたら興味を全く持ってない人間だと思う。問題意識として認識はしてるけど、深く関わることは多分一生ないんだと思った。