UNITÉ

インタビュー 森田眞希 vol.3「普段着の専門家」

小金井市の閑静な住宅街にある、「NPO法人 地域の寄り合い所 また明日」。保育所、認知症の方のデイホーム、誰でも立ち寄れる寄り合い所の三つの機能を併せ持つ多目的福祉施設だ。「施設」とはいっても、ここでは壁をとっぱらったアパートの一階部分で、利用者が世代を超えて一つ屋根の下で生活を送っている。そこには決まった介護マニュアルも、1日のプログラムも存在しない。従来の施設のあり方とは異なる、家族的なつながりで営まれる共同体や地域共生のあり方を実践しているのだ。
今回はその「また明日」を設立し運営されている、代表の森田眞希さんにインタビューを行った。

  1. 役割と生きがい
  2. マニュアル化はしない
  3. 「また明日」のこれから

役割と生きがい

──現代の家族は核家族化や個人化が進んでますけど、ここ「また明日」を家族的な集団と捉えると、大家族ですよね。家族の場合は、父、母、子どもといった家族の構成員にある程度の役割があると思うんですけど、そういった集団の中での個人の役割みたいなものは、ここではどのくらいあるんですか。

いっぱいありますね。ここにデイサービスでいらしている認知症をお持ちの方々は、自分で働きに来ていると思っている方がとても多くて。こちらの方から「ちっちゃい子どもたちがいるからお願いできませんか」っていう感じです。

──みなさん役割意識を持って通われている方が多いんですね。

おじいちゃんも意外とやってくれて。子どもを背負ってその日の連絡帳を書いてたりすると、「ちょっと抱っこしててやるから、それやっちゃいな」って言ってもらって、おじいちゃんが子どもをあやしてくれることもあるし。小中学生、高校生、アルバイトの大学生、みんなに役割がある。ここにいると自然とちびっこたちが近づいてくるから、世話したりとか、遊んであげたりとか、お年寄りに対しても色々やり取りをしてますね。
役割があるかないかって、やっぱり「生きているか」にも関わってくるものなんだよね。前に取材で来た方が、お年寄りの方にインタビューすることになって。その方はちょっと話がとんじゃったりするから大丈夫かなと思って、いつでもフォローできるように私が側にいたんですけど。「ここに来ていて一番嬉しいこと、楽しいことは何ですか?」という質問に対してその方は「生きていていいって思えることが嬉しい」っておっしゃったんですよね。つまり家では、「何で同じこと言うの」とか「もうご飯食べたでしょ」とか、そういう風に言われてばかりするんです。でもここに来ると、「すみません、この子のご飯ちょっと見てあげてもらえませんか?」とか、「その子の着替えを手伝ってもらえませんか?」って色んなことを頼まれて、頼りにされる。そうすると、まだ生きてていいんだなって思えるとおっしゃっていました。

──ただ一方向的に与えられるのではなく、自分も何か貢献できる環境が大事ということですね。ずっと介護されるだけっていうのは、やっぱり申し訳ないという気持ちも生まれるし。自分にもできることがあるっていうのが、生きがいになるんですね。

そうだよね。もし何もできなくても、自分がいることによってこの人が声をかけてくれているとか、この人自身の喜びにつながっている、ということを実感できるというはものすごく大きなことなんだよね。

──むしろ役割がしっかりある、ということが大事なんですね。その役割というのは、この場の中で自然に生まれてくるものなんですか。

それはね、結構職員が図りますね。

──これお願いしますって与えてあげるということですか。

えっとね、「与えてもらっているということを気づかれないように」ですね。

──それがプロなんですね。

そうなんです、それがやっぱりプロなんですよ。なので、介護や保育とかで勘違いされているのは、してあげていると思ったり、してあげていることを本人に気づかれている、という点なんですね。そこまで余裕がないっていうのもあると思うんですけど。本当にプロだったら、相手の心の動きすらも、本当はこちら側の一言で動いてるっていうことを気づかれないようにするものなんです。なのに、そういうことすらも職員側が奪い取ってやってしまうということは、つまり生きがいとか、その人の人生さえもスポイルしているってことですよね。家族の中でもそうだよね、子どもの生きがいをスポイルしている親っていっぱいいると思う。

──でもやっぱり親の役割は大事ということですよね。

もちろん。例えば、子どもが木の上に登った時に、自分で登ったら「登れた!」って思うじゃない。でも押し上げられて登った場合、登ったという行為は同じでも、達成感っていうのはすごく違うよね。その時に、ちょっと支えてるんだけども、まるで石に足を引っ掛けたと思わせるような添え方で、その子どもに登らせるっていうやり方もあったりする。アプローチの仕方というんですかね。

マニュアル化はしない

──「また明日」全体として主なプログラムは組まれていないけど、個々人に合わせて緻密なサポートをしているということですね。黒子役みたいな。それって普通の施設よりもすごく難しいことをしていますね。

そうです、黒子役。なのでスタッフはとても大変だと思います。本当は動いているんだけど、動いてないように感じさせるとか。今ここにぱっと見てスタッフがいるのも何気なくいるように見えて、ちゃんと理由があってその場所にいるんです。プログラムがある方がよっぽど楽ちんですよね。

──動きがマニュアル化されていないということですね。

引き出しがいっぱいなければそういう動きはできないですよね。誰かがこう言ったから、ああそうだと思って、何気なくその物をそこに置くとか。例えば「この編み物素敵でしょ、若い頃に編んだのよ」って聞いた時に「あっそういえば編みかけの毛糸があったんだ!」とか、そういう一言が出るか出ないか。「そうですか。」って言っちゃうとそれまでじゃないですか(笑)。

──マニュアルがないという話に関連するんですけど、同じ研究室に障がいを持ったお弟さんがいる学生がいるんです。その学生は誰かに弟を預けるときに、家族的な愛か、もしくは施設の人たちが持っている技術・マニュアルがないと信頼して預けられない、という話をしていたんです。ここには血縁的な家族愛はないし、これはこうしますという施設的なマニュアルもないですよね。その点、どうやって預ける側の人からの信頼を得ているんですか

すごく細かいんです、特に森田(夫)なんかすごい細かい。今は何にも言わなくなったけど、そこに至るまでには、「その手の置き方、その呼吸じゃないでしょ」とか、スタッフにいっぱいダメ出ししてましたよ。それを一つのマニュアルにして全てその通りにやればできるかもしれないけど、それはすごく大変なものになってしまう。そもそも、なんでそのマニュアルになったのか、何でそう繰り返し伝えてるのかという根本的なところを考えたら、ここに来てる人の主体性を奪い取らないためですよね。私たちはあくまでも黒子で、主体で動くのはその人なんだっていうところが根本にあるから、それにはどうするか、というマニュアルができてくるわけです。だからその根本が何なのかっていうことを意識さえすれば、マニュアルなんかなくても想像がつくんです。その人になりきって想像した時に、ここに手を置いて右足から出した方が自分は動きやすいなと想像がついたら、そういう援助をすれば良い。それができるかできないか。でも、今10年以上働いてそれが自然とできるスタッフが何人かいるから、その人たちを中心にしていくと、そういうものってどんどん伝わっていくものなんです。時間がかかるかもしれないけども、伝えていく。なんか職人の世界みたいだね(笑)。

──資格も大事ですけど、そういうことは現場で学んでいくしかないですね。

あとね、やっぱり根本的なところが大事なんだよね。自分たちが通っていた学校は、哲学とか倫理、宗教学、人間学とかにすごい力を入れてたんですよ。それが土台にあって初めて、その思いを形にするにはどういう技術が必要なのかってことになるんです。今はその土台を抜きにして、技術的なことばかりになっちゃうでしょ。やっぱりそういうテクニックを知りたがってここに見学に来る人もとても多いんですけど、そうじゃないよね。子どもだって、この子たちの未来を想像するからこそ、今こういうことを伝えたいなとか、こういう支援を親御さんにしたらいいなっていうことがわかってくるということですね。

──ケアについて考えるときに、どうやってこの人を介助すれば良いかとか技術的な話ばかり考えがちなんですけど、その一個前が抜けているのかな、と気づかされました。

そう、一個前が必要。だから先程の弟さんの話だと、受け入れる施設側が、この弟さんはどう過ごされたいのか、ご家族は何を望んでいるのかなっていうところから考えて、必要なことが見えてくる。逆にこれはやっちゃいけないよねっていうことも同時に見えてくるんです。通う人からの信頼という点にもつながるんだけど。例えば今ね、ここに通ってる子のお母さんが、足が腫れて歩くのが無理になってしまったんです。その子は3番目の子で、上に小学校低学年の子と幼稚園に行ってる子がいるんだけども、お母さんが大変そうだから、デイサービスで使ってる車でその子たちを送迎するよっていうことにした。ここに通う子だけではなくて、兄弟もそうやってサポートしているんです。それも、今その家族にとって何が一番必要なのかっていうことを考えた上で、そうしているわけでしょ。親御さんの足が腫れた場合は送迎がつきますよ、というマニュアルがあるわけではないよね。そういうことが、信頼につながる。高齢者の方も同じで、ここでは「今までの生活はこうだったんですよ」って伝えれば、それをしてくれるな、もしくは折り合いをつけてくれるな、ということを分かってもらう。それが叶わない時ももちろんあるけど、「どういう風にすればいいだろうね」っていうやり取りをすることで、受け入れてもらえている、と感じることができる。自分の気持ちも受け入れてもらった上でこの結果なら納得だ、という折り合いをつけて信頼関係を築いていきます。

「また明日」のこれから

──例えば、空間的にもっと広くしたいとかはありますか。

目が届く今のこの感じが、すごくちょうどいいですね。

──人や物の距離感とかもすごく良いですよね。これ以上空間が大きくなると、目も届かなくなるし、この家的な雰囲気はなくなってしまいそうな気もするので、絶妙な規模感なんだなと。

あともう一つ、いらっしゃる方から「別の場所に増やしていかないんですか」ってよく言われるんだけど、それはこういうものがいいなと思うなら、そこの地域の人たちがその地域で立ち上げればいいと思うんですね。ここのスタイルは、この場所、この地域だから成り立っていると思うので。

──やっぱり地域の土地柄はこの施設を成り立たせるためにすごく大きいんですね。他のところで「また明日」みたいなことをしようとするなら、その地域での工夫が必要ということですか。

そうですね、その地域のカラーがあるからね。でも元々二人とも怠け者なんで、これ以上増やしていくのはちょっと疲れるよねっていうのがあって、今言ってることは後付けなのかもしれない(笑)。

──社会的にこういうロールモデルを広げていきたいという強い思いがあるというよりは、小金井における実践として着々とやっていきたいということですか。

そうですね、これを見た人がその場所でやってちょうだい、という感じですかね。なんかでもね、そうはいかない部分もあったりして。学会があったり派閥があったりとかするわけですよね。そういうところに関わっていかなければいけないんだと思う、まあ関わってはいるんだけども(笑)。

──「また明日」を始める前と後で、森田さん自身何か心境の変化はありましたか。もしくは、社会がこう変わってきてるなみたいな意識はあるんですか?

いつの時代も若い人たちは「今の若者は」とかあれこれ言われる運命にあるんだけど、今はすごく良くなっていると思うよ。例えば、LGBTQの話もなかったし。この間も中学生の子たちが来た時に、今の学校の名簿は男女ごちゃごちゃでアイウエオ順になってるって言ってて。良くなってると思いますよ。

──福祉に関してはどうですか?

どうかなぁ。いつも思うのはこの子たちが私の希望というか。このぐらいの時から、色んな世代に障がいを持つ人もいれば、国籍が違う人もいるのが当たり前である、という中で育っているので。その当たり前の中で育った子たちが大きくなった時に、それを当たり前のものとして社会で働く、あるいは福祉の分野で働いてもらえるといいなって思いますね。でも全然福祉と離れていても、地域の中で福祉的な考え方をするとか、そういう行動することは可能なわけだから。「それ当たり前でしょ」という風に、その時代をリードしていってほしいですね。

──「また明日」に関しては、今後のことは考えていますか。

代々若い子たちには「自分がやりたいって思ったら、いつでもバトンタッチするからね」って言ってるんだけどね(笑)。いいなと思っていても、結婚しちゃったりとか色々あるよね。あとはやっぱり、私たちの色がつき過ぎているから受け継ぐのやだ、って子もいたね(笑)。まぁ必要とされなくなったら自然淘汰されて、新しいものが生まれればいいと思う。その時代の人が、その時に合ったものを作り出していけば良いな、と思います。